2012年1月30日 (月)

マスク

この冬は風邪の予防にと、毎日欠かさずマスクをつけている。

というのも、昨年の11月に丸二週間もの間ずっと風邪をひいててシンドイ思いをしたからだ。

そんときの風邪は今までにない感じだった。

罹り始めは、まー2、3日でもすれば治るだろうと思ってたけど、全然回復する兆しもなくだらだらと二週間風邪を引きずった(後で聞いたけど、風邪が治りにくくなるのは年のせいなんだって。厭だね)。

その間に誕生日を迎えたりもして、

「あー、このままミイラ化したらどうしよう…」

と、誕生日の日は仕事を終えて家に帰ってからずっと布団の中で、風邪によって生み出された不安の重みに押し殺されそうになりながらひたすら耐えていた。

その上、誕生日くらいは普段より楽しみたいという気持ちがどっかにあった分、その時の切なさと孤独感はいつも以上に倍増してた。

そう、そういう訳で、もうこんな体験二度としたくないという気持ちから、少しでも予防していこうということでマスクを着用するように決めたのだ(それまでも、マスクは着用するようにしてたけど、着用する日や着用しない日があったりと、徹底してなかったのだ。今から考えるとなんていい加減なんだ)。

 

それからというもの、現在に至るまで風邪など一切ひいていない。

基本的に僕の風邪のタイプは喉から来るタイプで、寝て起きた時に異変を感じることも多く、最近では寝る時もマスクを着用して寝る程の徹底ぶりだ(大抵起きたら、なぜか外れてるけど…)。

習慣づき過ぎて、マスクなしじゃ寝られないくらいだ。

 

しかし、マスクは単に風邪の予防だけじゃなくて他にも利点があることに気付いた。

まず一つは、うちの会社では髭を生やすのは禁止だけど、マスクで口元を隠すことによってこっそり髭を伸ばせるということだ。

ふははは。

しかし、もし何らかのきっかけでマスクが取れたり、外さないといけない場面があったら、髭が伸びてたらもちろん怒られるし、もしもの為にある程度伸びたら危険だし剃るようにしてるけど。

 

そして、もう一つ。

これが重要だ。

僕は一人みんなから離れたデスクで働きながら、仕事以外のことをよく考えたり、想像したり、思い出し笑いをよくする(私は決して、怪しい者ではありませんよ。仕事自体はしっかりやってますよ。説得力ないかなぁ…)。

その中でも特に思い出し笑いや、想像をして一人「むふふふふ…」と気味の悪いニタニタ笑い(自分で自覚してる)をよくしてるんだけど、その最中に傍を人が通る時や、誰かに声をかけられた時は、その気味の悪い笑いを押し殺してさっと真顔に戻して、ずっと集中して仕事をしてましたという空気を出す。

しかし、これがなかなか大変で、ひどい時は多分

「あ、田中君なんか真面目に受け答えしてるけどなんか口元が笑ってる」

と気付かれてるときがきっとあったと思う。

みんなすごく優しい人たちばかりなので、気づいていても

「なに、ニタニタ笑ってるの。気味が悪い」

とは言ってこないけど。

しかし多分、なんか今ニタついてたなーという余韻(雰囲気)には気付いてる時はあっただろうと思う。

接した感じでなんとなくそれが分かる時がある。

 

いつも夕方に来る運送のおっちゃんには一度バレて、

「なんやねんそれ自分、ニタニタ笑って気持ち悪いなー」

と指摘されたことがある。

バレたのが恥ずかしくて悔しくて、

「Aさん(運送のおっちゃん)だって、重い荷物持つ時『あんっheart01』って気持ち悪い声出してますよ」

と指摘し返したこともある。

 

とにかく僕は笑いを堪えるのがすごく苦手だ。

 

だから、仕事中は仕事に集中しようと思ってるんだけど、慣れた作業になると、気持ちに余裕が生まれて、自分でも気付かないうちに面白いことを考えたり思い出したりして知らず知らずに口元だけでニタニタ笑ってる。

そしてひとしきり笑った後に、

「しまった!また一人でニタニタ笑ってしまった。

今一人で笑ってたのを誰かに見られてなかったか!

こっそり見られてたら恥ずかしい!」

と辺りをキョロキョロ見渡し、誰も気づいてないのを確認して、

「フー危ないところだったぜー」

と安堵の息をつくことが多い。

 

しかし、しかしだ。

そんな悩みもマスクによって解消されたのだ。

マスクを着用することによって口元を隠すことによって、ニタニタ笑いが気付かれなくなったのだ(多分)。

ちなみに今念の為、マスクを着用して鏡を見ながらニタニタ笑ってみたけどバッチリ口元の笑い顔は漏れてなかった。

目元に関しては、元々目が小さいので普通の時と多分大した違いは出てないだろうということで特に気にしてない。

 

という訳で、マスクを着用してからはニタニタ笑ってる最中に誰かが傍を通ったり誰かに声をかけられた時も気にせず思い切って口元はだらしなく笑ったまま受け答えをしたりしてるし、思う存分ニタニタ笑ってる。

 

その上、笑うことは体にいいらしいから、ますます風邪をひきにくくなっただろう。

なんてすばらしいことなんだ。

今年は風邪をひかないぞ。

 

そういえば係長が、

「風邪ひいたときは卵酒がええって言うけど、ホンマはアカンねんって」

と言ってたけど(同じ話をあたかも初めて話すように10回くらい話してる)、卵酒が風邪にいいのか悪いのかは別として、卵酒って飲んだことというか、見たことも聞いたこともない。

というか、飲んでみたいとも思わないし興味もないし、どっちかと言うと想像上飲みたくない。

あれ、最後になんでこんなこと書いたんだろう。

まー、いいか。

 

とにかく、今年は風邪をひかないぞ。

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2012年1月23日 (月)

CHACO 2012

ついに、鳥取県米子市でライブすることになった。

隣の境港で育った僕。

18歳の終わりに大阪にでて、色んな事があって24歳くらいで京都に移って色んな事があって。

その間、いつかはバンドで地元でライブしたいなとは思ってたけど、力不足でなかなかうまくいかなくて。

だけど今回念願の地元でのライブ。

しかし今でも、米子でやるなんてちょっと不思議な気分だ。

不思議と言うか、すごく楽しみでドキドキしてる。

ドキドキというのも、どうしてもライブを見てほしい友達が色々いるからだ。

それがうれしいようでなんか恥ずかしい。

どれくらい恥ずかしいかというと、エッチなサイトをこっそりバレないように観てたつもりなのに、知らないうちに履歴からバレてまったくらい時くらい恥ずかしい。

 

あれ、なんかこの例えピンとこない。

なんか恥ずかしい感じが違う。

 

おかあに「愛してるよ」というくらい恥ずかしい。

 

あ、こっちの方がまだピンとくるかな。

 

そういえばこないだおかあと初めて2時間くらい長電話した。

年を重ねたせいか、友達のように楽しく話した。

僕は全然気付かなかったけど、加工場で勤め始めたころは毎日辛くて泣いてたことや、最近友達とぎくしゃくしたこと等を友達に話すような感じでべらべら話してた。

僕も友達と会話するように相槌を打ったり、それはこうした方がいいんじゃないなど返したりもした。

子供(僕)には見せないようにしてたけど、彼女も沢山不安を抱えて乗り越えて生きてきたんだなーと、今頃になってそういう当たり前のことに気付いた。

おかあが死ぬまでにもっと聞きたいことがあるし、また話をするのが楽しみだ。

今度会う時は、戒名を自分で考えとけよと提案しようと思ってる。

あ、話がそれてしまった。

恥ずかしい感じの話しだったな。

まー、それはどーでもいいか。

いや、おかあの話をしてて思い出したけど、恥ずかしいといえば中学校の時だったか、夢精したパンツをそのまま多分おかあは気付かず洗濯するだろうと思って洗濯カゴに入れたままにしといて(情けないことに当時僕は洗濯機の使い方を知らなかった)、とはいえそのパンツの行方も気になってたし、おかあが洗濯する時さりげなく洗濯場の隣の洗面所で歯磨きをしながら気付かれないようにこっそり見てた時だった。

勢いよく洗濯カゴからバサバサ沢山の洗濯物がおかあの手によって洗濯槽に放り込まれた。

「よし行け!その調子だ。

俺のパンツも何事もなかったように、その流れで洗濯槽に入り込め!

洗濯槽に入ってさえしまえば、俺は完全に無実になるんだ。

また笑顔で暮らせるんだ」

 

その時だった。

それまで調子の良かった洗濯物の流れが止まった。

「え、うそだろ。まさか…」

そう、そのまさかで、こともあろうかおかあの手は僕の例のパンツを掴み、ゆっくり持ち上げた。

「やばい、やめろ!」

そして、そのまま何の躊躇もなくおかあは警察犬が事件の香りを嗅ぎ取るように、僕のパンツをクンクン臭いだした。

「ギャー!」

と僕は胸の中では叫んでたけど、表ではそういう気持ちがバレないように平常心を装って歯磨きを続けてた(多分)。

 

何か気になる匂いでもしてたのか、いや、してたんだろうケダモノの匂いが。

きっとその時、おかあは事件の真相を突き止めてただろうな。

間違いないだろうな。

あれは本当に恥ずかしかった。

今思い出しても恥ずかしいなー。

いやー、まいったなー。

まー、きっと家族というのは沢山の恥ずかしいことを共有してるもんだろう。

 

あ、友達の話だった。

何が言いたいか分からなくなってきた。

そう、その地元の友達ともお互いの恥ずかしいこと(性格を含め)を沢山共有してる。

彼らに出会わなかったら間違いなく音楽をやってなかっただろうし、感性も育たなかっただろう(まだ僕は、第二次成長期だけどね)。

ただ、彼らが観に来てくれるのかどうかは当日まで分からないけど。

誘ったし、きっと観に来てくれるだろうな。

 

今回、米子に呼んでくれたエンドウ君(そう、彼とも沢山恥ずかしいことを共有してる)はじめ、イベント主催の方たちには本当に感謝してます。

精一杯いいライブしますんで期待しててくださいね。

エンドウ君、当日もそうですが、宿泊等色々お世話になります。

メンバーみんな楽しみにしてます。

ただ、雪が心配ですが…。

 

あ、メンバーのみなさんパンツの替えとか忘れないように!

洗濯はうちの実家でおかあにしてもらっても構いませんよ。

ご遠慮なく。

『CHACO 2012』

2月11日(SAT)

OPEN/START 19:00/19:30

¥500(要ワンオーダー)

at ONE MAKE(鳥取県米子市)

 

SAMURAI ROCK

FUNKA LIVE 

TETLA 

ジャンガラン(京都)

BIBA FREE

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2012年1月22日 (日)

Fadoが無形文化遺産登録されたって知ってるかい?

今日は月本さんのFadoの講義の手伝い(ギターの伴奏)で朝日カルチャーセンターに行ってきた。

ここでの伴奏は今回で3回目。

講義のあとに数曲演奏するかたちで、ライブとは違った空気感でいつもドキドキですごく緊張してしまう。

月本さんの顔に泥を塗るようなことだけはしたくないという気持ちから、きっと必要以上に緊張してしまうんだろう。

 

講義はいつもマイクを使って行われてたけど、今回は月本さんの生声だけでの講義となった。

そのせいでか、講義の内容も以前(マイクを通して)より言葉が入ってくるし、集中して講義に入り込めた。

終わってから聞いたけど、本当はマイクを使うつもりだったけど、急遽本番前に使えないということを知らされたみたいで、月本さんは焦ってたらしい。

でもそんなことを全然感じさせなかったし、音源を流すデッキの調子が悪かった時もうまく機転を利かせてスムーズに進行させてたし、むしろこっちは落ち着いて聞けてた。

話し方の節々にも丁寧さを感じたし、すごく楽しめた。

 

そして、最後に僕がViola(ギターの伴奏で)で月本さんがGuitarra(ポルトガルギター)を演奏した。

いつものようにすごく緊張したけど、何故か今回はちょっと楽しめた。

というか 、ちょっと調子に乗ったところもあった。

その分繊細さに欠けた部分もあって失敗したところもある。

演奏は微妙な気持ちの変化が露呈される。

自信を持つのと自惚れるのは違う。

次回は気をつけたい。

 

そうそう、今回の機転を利かした月本さんの講義を聞いてて思い出した言葉があった。

ゴダールの映画『アルファビル』の中で主人公がα60に質問された時に答えた言葉。

「闇を光に変えるものは?」

「詩(ポエジー)」

 

これは大好きな言葉だ。

『詩』を『音楽』に置き換えてもいいだろう。

人生の辛い場面も、楽しめたら(前向きに捉えられたら)それは言葉や音がなくても『詩』だし『音楽』だ。

 

辛い歌詞の歌でも歌えば浄化されてすっきりした気持ちになったりするし、不思議なもんだ。

僕はこういう感じの詩や歌に救われることが多い。

 

男の人の歌うFadoにも内気なヨワヨワしい歌詞が多いみたい。

すごく共感できる。

弱さを歌える強さというものがある(そういえば、確かこういうことを早川義夫さんがどこかに書いてたと思う。記憶ですので、違ってたらすみません)。

 

レモン売りのローザちゃんのことを妄想を膨らませて窓から眺めてるだけの内気な男の歌。

なんかこう書くと気持ち悪いだけだけど、いい曲だよ。

MAXの歌うRosinha Dos Limões

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2012年1月11日 (水)

HAPPY NEW MUSE!!!京都MUSE

先日の京都MUSEのライブに来てくれたみなさん、京都MUSE店長ユキサダ君始めスタッフのみなさん、IRIS CROWN & THE STONED LILYのみなさん、ヒロユキ君&MOTORSのみんな、WOW WOW TONIGHT(メトロステーション) のみなさん、アキヒロくんありがとうございました!

楽しくにぎやかな新年のイベントだった。

 

由利君は餅やエリンギやしし唐を焼くため、本番前の練習の途中でスタジオを抜け出し七輪を買いに行ったり、リハの時から木炭に火を起こしたり、開場してからも餅をひっくり返したり、忙しそうだった。

にも関わらず、ジャンガランのライブになるといつも以上にテンションの高い演奏をしていた。

というか、僕ら全員いつも以上に気持ちを出しまくった気持ちのいい演奏ができた。

僕らの前に演奏してたオカチャンのバンドIRIS CROWN & THE STONED LILYが刺激的だったし、久しぶりに気にせず大きな音で演奏できたことも大きかったと思う。

個人的にもイライラが溜まってたし、気持ちを吐き出せて気持ちが良かった。

『赤い傘』のときはキーボードでMOTORSのアッちゃんが気持ちのいい音で参加してくれた。

そしてラストは、MOTORSのゆう君(トロンボーン)と千ちゃん(A.Sax)が加わり、京都MUSEの店長ゆきさだ君がボーカルをとり、みんなでRAMONESのロックンロールレディオを演奏した。

高校のときRAMONESのコピーバンドをやってたけど、またRAMONESを演奏するとは思わなかった。

まー、やろうと言い出したのは僕だったけど。

ホーンが入ってのロックンロールレディオは本当に爽快だった。

ゆきさだ君の日本語の歌詞も、ステージパフォーマンスも素敵だった(まさか脱いでも脱いでも…このへんで止めとこう)。

高校以来(?)のステージとは思えないほどの、堂々としたものだった。

ジュンちゃんやマーシーも楽しかったみたいで良かった。

由利君はステージ後も真剣にもちを焼いてた。

僕は今回ほとんどMCを考えてきてなかったので、MCのときあたふたしてしまった(まー、いつものことだけど)。

というわけで、終わってから数人にMCがイマイチだったと言われた(がっくし)。

だけど、本当に気持ち良く演奏できた。

気持ちを出せたいい演奏が時は誰に何を言われようが気分がいい。

あ、今回はCDは売れなかった。

しかし、それでも気分はいい。

いや、ちょっとさみしいかな。

まー、また次だ。

 

あ、そういえば由利君がちょっとだけMCでしゃべってた。

それもすごい自然な感じで面白くしゃべってた。

わざとらしさや、いやらしさもなく、堂々としててすごくいいと思った。

この自然な流れで今後もMCしゃべってくれたらいいのにな。

 

曲目

1.sakana

2.海水浴

3.におい

4.ひまつぶし

5.いつもの僕の部屋(歌:由利君)

6.赤い傘

7.DO YOU REMEMBER ROCK'N'ROLL RADIO ? (歌:ゆきさだ君)

 

オカチャンのバンドIRIS CROWN & THE STONED LILYもすごく良かったし、ヒロユキ君の歌もよかった。

WOW WOW TONIGHTもすごい盛り上がってた。

 

呑んで笑って歌ってしゃべりまくった楽しい夜だった。

酒の抜けにくい体になってきたのが心配だけど。

そういえば、アキヒロ君べろべろに酔っ払ってたけど、無事だったんだろうか。

 

次回のジャンガランのライブは、僕の故郷鳥取県でライブします。

詳細はまたアップします。

一緒にRAMONES演奏してたメンバー、観に来るかな。

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2012年1月 3日 (火)

sketch

昨年制作したジャンガランの1stALBUM『sketch』を未だに気に入って聴いてる。

今までに自分でこんなに気に入った物を作れたことがない(あ、バッチは結構気に入ってるか)。

何らかの理由を付けてどこか中途半端に終わらせて、あまり好きになれずになんとなく終わらせてしまうことばかりだった。

しかし今回は、まだまだ自分の演奏面では未熟なところはあるけど、やりたかったこと、やり場のない想いを思いっきり入れることができてとても満足してる。

この音源のテンションを基準として、さらに色々なことに挑戦したいと思ってる。

 

曲には完成はなくて、アレンジだけでなく、気持ちの入れ方だけでもさまざまに変化する。

そういった意味で、こないだのレコーディングは、あの時点でのその曲とその時の僕(曲によっては由利君とマーシーも)を映し出したものだと思う。

 

曲に完成がないといえば、今回の音源に入ってる曲もバンドで演奏してると、自然とアレンジが変わる部分もあったりしてまた曲が違った表情を浮かべたりする。

そういうとき、曲が変化してるのか、やり手が変化してるのか不思議な気持ちになる。

まー、きっと結局のところやり手の気持ちの表情が曲の表情として出てくる部分が大きいんだろうと思うし、やっぱり人が演奏する以上完成はないんだろうと思う。

そういうのが面白いんだろうな。

こないだのバンド練習の時、『におい』という曲のサビのアレンジを変えた(リズムを崩した)だけで

「内容が入って~こない~♪」

という歌詞の『内容の入ってこない』感じが思いっきり出てきて、というか歌詞のイメージにマッチしすぎて面白すぎて笑いが止まらなくて歌えなかった。

自分の曲で自分で笑ってるなんてなんか間抜けみたいだけど、ずっと前におかあに、

「僕は小さい時どんな子供だった」

と聞いた時、

「お前は自分でウンコの絵描いて、それ見てずっーとゲラゲラわらっとったぞ」

と言ってたし、結局そういった感覚は今でもかわってないんだろう。

 

今回の音源制作はどうしてもやりたかったし、死ぬ前に絶対にやらな後悔することの一つだった。

それと、マーシー(中坪昌利)と由利君ともどうしても一緒に録りたかった。

それも死ぬまでに絶対にやらな後悔することの一つだった。

音源を聴いてくれた人は分かると思うけど、二人のおかげで楽しいCDに仕上がったと思ってる。

それぞれの足りてない、または必要としてる部分で繋がれたと思ってる。

本当に二人には感謝してる。

音源制作後に、ベースにジュンちゃん(小西絢一)が加わり、今はジュンちゃんを含めた活動もすごくやりたいことだ。

 

僕のアレンジやミックスは基本的にジャンルに頼るより(もちろん頼ってるところもあるけど)、

「こうしたら楽しそう」「これ、なんかグッとくる」「なぜかこうしてみたい」「なんとなくこんな音が聴こえてくるし、これを具体化しよう」「こうするつもりはなかったけど、これおもしろいな」

というような感覚を重視してやってるので音楽的なジャンルは多分きっとめちゃくちゃだ。

けど、僕の感覚は基本的にウンコの絵を描いてそれを見て笑ってるちびっ子の頃とさほど変わってないし、今回の音源の中の曲もその楽しむ感覚を頼りに作ったし、そういう意味では僕のジャンルは統一されてると思ってる。

あー、やめようこんな話。

ジャンルを伝えたい訳でもないのに。

 

今思えば制作活動してるときはただひたすら録音、編集を繰り返して、ただいい音源を作るという意志だけだったと思う。

 

マーシーのドラム、ベースや由利君のサックスをレコーディングする時、こう叩いてくれとか、こう吹いてくれとか、ほとんど僕は何も注文しなかった。

彼らが「これだ!」と思って出した音は、だいたい僕も「それだ!」と思うことばかりだった。

そういった点からも、今回の音源作りは驚きや発見ばかりで本当に楽しかったし、充実した。

 

もちろんすごい厭なことや悩んだこともあったけど、救いだったのはそれ以上にどうしてもやり遂げたかったという気持ちと、完成を楽しみにしてくれてた友達と、メンバーに恵まれたことだった。

音についてのことばかり書いたけど、デザイン等でお世話になった吉田敦史君、京都MUSEのユキサダ君、スタジオSIMPOの小泉さん、月本さん、沢山の人にお世話になった。

本当に感謝してます。

 

人それぞれ趣味嗜好があるし、自由な捉え方で、聴いてくれる人には楽しんでもらえたらと思ってます。

おもしろい捉え方の人に出会えるといいな。

 

また、収録曲のレコーディング記録(覚えてる範囲で)みたいなことも、書いていこうと思ってます。 

 

あ、あとちなみに誤解があると困りますが、今はウンコの絵を描いたくらいでは笑いませんよ。

まー、誤解されてもいいかな。

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